
静は、疎遠になっていた腹違いの兄・研吾が失踪したとの話を研吾の彼女・優佳利から聞くと同時に、
一緒に研吾を探しに行こうとの誘いを受ける。
たまたま取っていた有給休暇を利用して、静は優佳利と共に、奈良・飛鳥へと旅立つ。
ほとんど面識のない優佳利との、不思議な二人旅。
しかし、奈良に着くなり、優佳利だと思っていた女性が実は別人であると気づく静。
目の前にいる優佳利を名乗る女性はいったい誰なのか。研吾はどこへ行ったのか。
古都、奈良・飛鳥の魅力的な史跡を舞台に、徐々に明らかになる真実。
やがて、静は自分がなぜこの旅に連れ出されたのかを知ることとなる……。
『舞台設定の魔術師』
私は勝手に恩田陸のことをそう呼んでいる。
この作家の作品は、ことごとくその舞台設定が魅力的なのである。
『麦の海に沈む果実』のファンタジー世界(よねむしが一番好きな世界)
『ロミオとロミオは永遠に』の20世紀世界
『ユージニア』の昔の田舎町の世界
『ネクロポリス』の彼岸の世界(ヒガンに参加したいー!)
『きのうの世界』の塔のある街
物語のオチについては、正直つまらないなと思う作品もいくつかあるが、その舞台設定に外れなしである。
私の感性の方向性が恩田ワールドに似ているのかもしれないが、それにしても魅力的な世界を描き出す作家である。
さて、この作品での舞台の中心は奈良、そして飛鳥。
かつて日本の中心であった古都。
雅な京都と比べ、その優雅さも自然の中に埋没してしまった、どこか寂しさをたたえた場所。
転々とする寺院や史跡を回りながら、遥かなる過去に想いを馳せる。
それとシンクロして、失踪した研吾を思うことを通じ、自分の中の過去、抑えつけてきた記憶を辿る。
日本人の原風景、自分の原風景、2つの過去をたどりながら、物語はゆっくりと展開して行く。
奈良へ行ったのは小学生の修学旅行の時。
野外コンサートを見に橿原神宮へ行った以外、飛鳥の地へ足を踏み入れたことはない。
そんな私でも、飛鳥の、奈良の風景を思い描くことができるのは不思議だ。
まさに日本人の原風景なのだろう。
静寂に包まれた、曇りがちなどんよりした世界の中に、我々の原風景は存在する。
それを追体験できるのは、何よりも心地よい。
また、主人公の懐古にあわせ、私も自分のセピア色の過去に思いをめぐらせる。
そんな落ち着いたゆるやかな時間が過ごせる作品。
しとしとと雨が降る窓辺で、ゆっくりと読みたいおすすめの一品。
遷都1300年祭やってるうちに、奈良・飛鳥へ行ってみたい。
読後、必ずやそう思うはず。